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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3237号 判決 1990年4月24日

控訴人(附帯被控訴人)

新宿西戸山開発株式会社

右代表者代表取締役

田村晴也

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

被控訴人(附帯控訴人)

久保順子

右訴訟代理人弁護士

小山久子

瀬野俊之

主文

原判決を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求及び附帯控訴(当審における新請求)をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

(申立)

控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人」という。)代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)代理人は、「本件控訴を棄却する。(附帯控訴により、予備的に、)控訴人は、被控訴人に対し、金六三四〇万円を支払え。」との判決を求めた。

(主張)

一  被控訴人の請求原因

1  控訴人は、東京都新宿区西戸山地区に存する国有地(国家公務員住宅用地跡)の払下げを受けて一般市民に良質な住宅を低廉な価格で提供する目的で、不動産業者等のいわゆるマンションの販売実績を有する六六社の会社が均等に出資して設立された会社であり、右国有地の払下げを受け、建物の建築・分譲を行っている。

2  被控訴人は、控訴人が右国有地上に建築した建物の分譲を受けるため、控訴人の定めたところにより抽選登録申込み(以下「本件申込み」という。)をして抽選に当選し、控訴人との間で、昭和六一年一一月一七日代金六六六〇万円で原判決別紙物件目録記載二の建物(但し建物番号を「西戸山タワーホウムズ セントラルタワー」と改める。)及びその敷地権である同記載一の土地共有持分(以下「本件土地建物」という。)を買い受ける契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  なお、控訴人は、昭和六三年一二月二三日、川村英之、川村英司及び川村素生に対して本件土地建物を売り渡し、その所有権保存登記が経由された。そのため、控訴人の被控訴人に対する所有権移転登記義務が履行不能に帰したとすれば、これにより、被控訴人は本件土地建物の時価一億三〇〇〇万円から本件土地建物売買代金額六六六〇万円を控除した六三四〇万円の損害を被ったことになる。

よって、被控訴人は、控訴人に対し、主位的に本件売買契約に基づき本件土地建物につき所有権移転登記手続を、予備的に債務不履行に基づき損害賠償金六三四〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1、2の事実を認める。

2  同3前段の事実を認め、後段の事実を否認する。

三  控訴人の抗弁

1  (本件申込みの無効)

(一) 控訴人は、本件申込みにつき、重複申込み又は虚偽・不正の申込みをしたときは、その申込みを無効とするとの条件を定め、被控訴人はこれを承諾した上、本件申込みをした。

(二) 被控訴人は、本件申込みをするにあたり、抽選登録申込書の入居予定家族欄に「母 久保ハナ」と記載したが、被控訴人の母久保千恵子は昭和五六年八月七日死亡しており、久保ハナは架空の人物であった。

よって、被控訴人は虚偽・不正の申込みをしたから、本件売買契約は、その申込みが無効に帰し、その効力を生じない。

2  (本件売買契約の解除)

(一) 控訴人と被控訴人とは、本件売買契約にあたり、抽選登録申込みにつき重複申込み等の虚偽・不正のあったとき、本人及び一定の入居予定家族が昭和六三年四月から昭和七一年一月末日まで居住できなくなったときは、契約を解除することができる旨合意した。

(二) 被控訴人は、前記のとおり本件申込みにあたり虚偽の記載をした申込書を提出した。

(三) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和六二年二月六日口頭で、更に同月一一日ころ到達の内容証明郵便により本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

よって、被控訴人は虚偽・不正の本件申込みをしたから、本件売買契約は契約の解除により失効した。

3  (本件売買契約の詐欺による取消)

(一) 被控訴人は、、前記のとおり虚偽の記載をした申込書を提出した上、本件売買契約を締結するにあたり、入居予定家族として「母 久保ハナ」と記載した念書を控訴人に提出して控訴人を欺罔し、その旨誤信させて右契約を締結させた。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和六二年二月六日口頭で、更に同月一一日ころ到達の内容証明郵便により本件売買契約を取り消す旨の意思表示をした。

よって、本件売買契約は詐欺による取消により失効した。

4  (履行不能による登記義務の消滅)

控訴人は、請求原因3のとおり、本件土地建物を川村英之外二名に売り渡し、本件建物につきその所有権保存登記が経由された。

よって、控訴人の本件土地建物所有権移転登記義務は履行不能により消滅した。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁1、2の事実を認め、その主張をいずれも争う。本件申込みの手続を実際に行ったのは、被控訴人の依頼を受けた知人の岩崎富美子であった。被控訴人は、岩崎富美子にあらかじめ必要書類と共に同居予定者として「祖母轟木静子 七七歳」と記載したメモを渡していた。ところが、岩崎富美子が申込期間最終日の混乱の中で右メモを紛失し、やむをえず抽選登録申込書の入居予定家族欄に「祖母 久保ハナ」と記載して提出した。すると、窓口の係員が右記載中続柄の箇所に「祖母」と記載されているのを独断で「母」と直してしまった。また、念書の記載については、控訴人の事務員から抽選登録申込書の入居予定家族欄の記載と同一の記載をするよう指示されたため、契約締結後に事情を説明して了承を得ることができるものと考えて、抽選登録申込書の入居予定家族欄の記載をそのまま転記したものである。

2  同3(一)中、被控訴人が控訴人主張の申込書及び念書を提出したことを認め、その余の事実を否認する。被控訴人に控訴人を欺罔する意思はなかった。同(二)の事実を認める。

3  抗弁4の主張を争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二次に、控訴人の抗弁について判断する。

1  抗弁1について

(一)  抗弁1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被控訴人の抽選登録申込書の記載が合意に係る無効原因である虚偽・不正の記載に該当するかについて検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被控訴人は、本件申込みを知人の岩崎富美子に依頼し、申込期間の最終日である昭和六一年一〇月二七日に右申込みをしたところ、右岩崎が被控訴人の交付した同居予定者を記載してあるメモを紛失したため、同居予定者として適宜「母久保ハナ 七三歳」と記載した。

(2) 被控訴人は、同年一一月六日抽選に当選した旨の通知を受け、同月九日当選者に対して行われた説明会に出席して、同居人等に関する不正申込みの意味、これに該当した場合の法的効果等について具体的な説明を受けた。その後間もないころ、被控訴人は岩崎富美子から本件申込みにおいて同居予定者の記載を前示のようにしたことを打ち明けられたが、同月一七日の本件売買契約締結日に控訴会社係員から入居予定家族を記載すべき念書の提出を求められた際にも、右念書に申込書と同様に「母久保ハナ 七三歳」と記載して提出した。

(3) 同年一二月一五日ころ、被控訴人は控訴人に対し、同居予定家族が祖母轟木静子であると変更の申出をした。轟木静子は明治四二年一一月二四日生まれで、松山市に居住し、これまで被控訴人の幼少時を除いては被控訴人と同居したことはなく、現在も同居していない。

(4) 被控訴人は、石崎日出夫の経営する株式会社壱零壱に事務員として雇用されており、岩崎富美子は右石崎が同じく経営する株式会社東芸社の取締役であり、本件分譲マンションについては、右石崎、岩崎富美子、株式会社壱零壱取締役兼株式会社東芸社監査役である石崎富子も抽選登録申込みをしている。

(5) 控訴会社は、前示のとおり、東京都内でも交通至便の場所にある国有地の払下げを受けて本件建物を含む分譲マンションを建築したものであり、これを一般市民に低廉な価格で、厳格な手続により公正に提供することを要請されている。

<証拠判断略>。

前示の争いのない事実に右認定の事実を総合し、とくに①被控訴人は本件申込みにおける右同居家族予定者の記載が虚偽であり、それが約定の無効原因に当たることを知悉していたにもかかわらず、真摯にその補正手段を講じていないこと、②本件建物における轟木静子との同居の可能性が疑わしいこと、③控訴人の本件建物の分譲についての公正の維持の公共的要請、④公知である現時における住居取得の一般的困難性にかんがみると、被控訴人の本件申込書の虚偽記載が相当性を保持するものと評価することはできないから(前示「不正の申込」とは、社会通念に照らし相当性を欠くものと解するのが相当である。)、控訴人との間で約定された申込無効原因にあたるものというべきである。そうすると、被控訴人は抽選申込適格を欠き、右はひいては本件売買契約の失効をもたらすものというほかはない。抗弁1は理由がある。

三以上の次第により、被控訴人の本訴請求及び当審における新請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきである。これと趣旨を異にする原判決は失当であるから、これを取り消し、被控訴人の附帯控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野達 裁判官加茂紀久男 裁判官新城雅夫)

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